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「ロッキー・ザ・ファイナル」。

2007年04月20日 02:12

【公式サイト】http://movies.foxjapan.com/rockythefinal/

観終わって感じたのは、この映画はシルヴェスター・スタローンがファンの為や商業的な目的で作ったモノではなくて、ロッキー・バルボアと云う『もう一人の自分』への感謝と別れを描いた作品なんだな、と。

29歳の売れない場末の俳優だったスタローンは沸き上がる情熱だけで3日間で「ロッキー」の脚本を書いて売り込み、主役を演じて大ヒットしてその年のアカデミー賞を穫ったワケですが、この時「ロッキー」と云う作品がスタローンの代表作になり、ある種の呪縛になってしまったワケで。どんな役を演じてもロッキーの影が付き纏い、観客もロッキーの姿を重ねてしまう。最初はそれを使って次々と続編を作ったりしてスタローンもロッキーと云う存在とそれなりに仲良く付き合ってきた。だが、色々とキャリアを重ねる毎に、ロッキーと云うもう一人の自分は重荷以外の何物でもなくなって、最後辺りは喧嘩別れみたいな感じでロッキーを捨ててしまう。観客達も「最初の頃のロッキーは良かったねぇ」と呟いて心のアルバムに仕舞い込む。
そして時は過ぎ去り、色々と成功や失敗の俳優稼業を重ねてきて、60歳になってスタローンは自分の肉体の衰えや今迄自分を観てくれた人達の暖かさを感じて改めて「ロッキー」と云う存在の大きさ確認して、再び『アイツ』に逢いたいと思う。誰よりも自分の側にいてくれた、父であり息子であり兄弟である、もう一人の自分に。

実際、物語はスタローン自身が29歳の時に若さと無謀な情熱で作った「ロッキー」のシナリオを懐かしむように綴られていく訳ですが、正直多感な時期に「ロッキー(1作目)」を観て興奮した自分にとっては色々な想い出とダブる部分もあったりして懐かしさで泣けてきたり(苦笑)。
「未だ燃え続けるモノが心の中にある」とロッキーはそう云って再びリングへ上がろうとしますが、コレはスタローン自身の素直な心の吐露だな、と感じたり。そしてそんなロッキーを「もう歳なんだから」「みっともないトコを見せるだけだ」言う息子やポーリーの存在は観客や批評家達の偽り無い心情でしょう(笑)。
多少ロッキーが説教臭いと云う感想もありますが、元々「ロッキー」シリーズはボクシングで家族や友情や世界平和を語る説法劇場って一面もあったのですから、個人的には許容範囲。(ぉ

(※以下個人的自己解釈なネタバレがありますので反転)
再びリングに立って、『アイツ』――ロッキーに逢いたい、逢ってどうしたいのかは解らないけど、自分も歳を重ねて今の機会を逃したらもう出逢えないかもしれない。あんな別れ方では死んでも死にきれない。そんな想いでスタローンはハードなトレーニングを積んで肉体を鍛え上げていく。無論、音楽はあのテーマ曲で。
そしてリングに立ち、魂を完全燃焼させるような闘いの中、『彼』の魂は降りてきます。僅か一瞬に30年分の想いをのせて。
勝ちとか負けとか関係なく、再び出逢えた事に満足してスタローンはリングを降りていく。拍手で送る観客達の中から、一本の白い手が伸びて握手を求めてきてスタローンも優しく握り返す。互いの顔も見えないこの握手がスタローンとロッキーの二人の和解の握手に見えたのは私の都合の良い妄想かもしれませんが、つい涙眼になってしまいましたよ。いや、ホンマに。


何はなくとも、この映画は「ロッキー」シリーズを観ていて、公開当時に心をアツクした人間にとってはとても心地良い終幕劇となっております。完結編とは斯くあるべきつーか。
あと、この「ファイナル」を楽しむ為に前作「ロッキー」の1~2作目をレンタルで借りてでも観ておくと、更に良いですよ。(3~5は観なくてもOK・笑)色々とリンクする部分が多いので。

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